目次(もくじ)
はじめに
初出勤の日から、いきなり現場に出たり、工場機械を使用したりすることは珍しくありません。特に職人の職場では「見て覚える」という社風が多く、それを理由に十分な安全教育が行われないこともあります。
そして、労働災害の発生は現場に慣れておらず、就労間もない新人労働者に多く発生する傾向にあります。
そこで、労働安全衛生法及び労働安全衛生規則においては、事業者には雇入れ時や新たな作業従事する際に安全衛生教育を行う義務が規定されています。
労働安全衛生法59条1項、労働安全衛生規則35条
安全衛生教育とは、「労働者の就業にあたって必要な安全衛生に関する知識等を付与するために実施する教育」です。
労働災害への対策のうち、「労働者への技能・知識付与や作業マニュアル遵守の徹底といった人的対策」の「重要な柱」になります。(引用:一般社団法人安全衛生マネジメント協会HP「安全衛生教育とは」)
雇入れ時の安全衛生教育については、労働安全衛生法59条1項に規定があります。
労働安全衛生法(安全衛生教育)第五十九条 事業者は、労働者を雇い入れたときは、当該労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行なわなければならない。
雇入れ時の安全衛生教育、言い換えると新人教育の義務の規定です。この教育の内容について、労働安全衛生規則35条で、もう少し具体的に定められています。
労働安全衛生規則(雇入れ時等の教育)
第三十五条 事業者は、労働者を雇い入れ、又は労働者の作業内容を変更したときは、当該労働者に対し、遅滞なく、次の事項のうち当該労働者が従事する業務に関する安全又は衛生のため必要な事項について、教育を行なわなければならない。ただし、令第二条第三号に掲げる業種の事業場の労働者については、第一号から第四号までの事項についての教育を省略することができる。
一 機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること。
二 安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること。
三 作業手順に関すること。
四 作業開始時の点検に関すること。
五 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること。
六 整理、整頓(とん)及び清潔の保持に関すること。
七 事故時等における応急措置及び退避に関すること。
八 前各号に掲げるもののほか、当該業務に関する安全又は衛生のために必要な事項
規則35条1項但書に、労働安全衛生法施行令2条3号に掲げる業種は1号から4号の教育を省略できる、とありますが、施行令2条3号には「その他の業種」としか書いてありません。
安全衛生法施行令
第二条 …
一 林業、鉱業、建設業、運送業及び清掃業 …
二 製造業(物の加工業を含む。)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、通信業、各種商品卸売業、家具・建具・じゆう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建具・じゆう器小売業、燃料小売業、旅館業、ゴルフ場業、自動車整備業及び機械修理業 …
三 その他の業種 …
このように、施行令2条1号・2号に業種が羅列してあり、3号は「それ以外」、という構造になっています。簡単にいうと、3号は、機械や危険性・有害性のあるものを扱うことが少ない、又は扱わない業種になります。言い換えると、事務作業を主とする業種であり、ほとんどのサービス業はこれに該当するのだと思います。
また、規則35条2項では、経験者などについては教育が省略できると定めてあります。
労働安全衛生規則 第三十五条
2 事業者は、前項各号に掲げる事項の全部又は一部に関し十分な知識及び技能を有していると認められる労働者については、当該事項についての教育を省略することができる。
しかしこれは、例えば機械の扱いができるからその他の事項も省略できるというわけではなく、その機械の扱い以外の事項については教育義務がありますし、使用する保護具、作業手順、点検事項等が違うのであれば、当然教育が必要になります。通常は会社が違えば手順等は違う部分が多いので、基本的には教育が必要になりそうです。
事業者側からすれば(労働者にとっても)、安全衛生教育に時間を取られることになりますが、労災を未然に防止するという観点に加え、労働者全体の作業の効率化という面で見ても、事業者・労働者にとって教育の実施は利益が大きいのだと思います。なお、労働安全衛生法59条2項は、次のように規定しています。
労働安全衛生法 第五十九条
2 前項の規定は、労働者の作業内容を変更したときについて準用する。
機械の変更や、配置転換等があったときには、安全衛生教育をしなければなりません。
なお、安全衛生教育を受けている時間は労働時間になるので、原則として所定労働時間内に行い、法定労働時間外の場合には割増賃金を支払う必要があります。教育にかかる費用は事業者負担であり、事業所外で行われる場合の旅費も事業者負担となります。
労働安全衛生法59条3項、労働安全衛生規則36条
また、必ず教育が必要な業務もあります。労働安全衛生法59条3項を受け、労働安全衛生規則36条に規定されています。
労働安全衛生法 第五十九条
3 事業者は、危険又は有害な業務で、厚生労働省令で定めるものに労働者をつかせるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない。
労働安全衛生規則36条には、アーク溶接や小型車両系建設機械の運転など49の業務が規定されています。(引用は長文のため省略します。)
おおまかに紹介すると、研削といし・動力プレス機械の取替や調整、アーク溶接、高圧・特別高圧の充電電路の敷設等、電気自動車の整備、フォークリフト・ショベルローダー・フォークローダーの運転、チェーンソーを使用する業務、ボーリングマシン運転、ジャッキ式つり上げ機械にかかる作業、ボイラー取扱、クレーン運転、潜水作業者への送気調節、特殊化学設備にかかる業務、エックス線装置等による撮影、核燃料・原子炉にかかる業務、粉じん作業、産業用ロボットにかかる業務、廃棄物焼却施設にかかる業務、石綿にかかる業務、足場にかかる業務、ロープ高所作業にかかる業務等などです。
なお、以上はごく簡単にまとめており、規則36条にはかなり細かく定められています。対象になる、ならないは同規則や指針等を見て判断することになります。
また、特別教育の科目の省略は、規則37条に規定されています。
労働安全衛生規則(特別教育の科目の省略)
第三十七条 事業者は、法第五十九条第三項の特別の教育…の科目の全部又は一部について十分な知識及び技能を有していると認められる労働者については、当該科目についての 特別教育を省略することができる。
これは、「技能教習修了などの上級の資格を有する者やその業務に関する職業訓練を受けた者など」について、当該科目について省略ができるとの規定です。当然、他科目については必要があれば特別教育が必要になりますし、通常の安全衛生教育も行う必要があります。
特別教育は、事業者の責任において実施されなければならず、具体的内容は「安全衛生特別教育規程」などで科目や時間が定められています。講師も、科目について十分な知識・経験を有する人である必要があります。また、特別教育も労働時間になるので、原則所定労働時間内に行い、法定労働時間外の場合には割増賃金を支払う必要があります。事業所外で行われる場合の旅費も事業者負担となります。
(厚生労働省 職番のあんぜんサイトHP内「安全衛生キーワード 特別教育」参照。https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo50_1.html)
おわりに
以上、雇入れ時(作業内容変更時)の安全衛生教育と、特別教育について概観してきました。これらの時以外にも、労働者への技能・知識付与や作業マニュアル遵守の徹底という観点からは、定期的な安全衛生教育が必要とされています。
はじめに述べましたが、安全衛生教育は事業者の義務です。これがまともに行われず、労災に遭うことは少なくないと思います。併せて、安全衛生教育について② ~安全衛生教育義務違反の裁判例もご参考にしてください。
もし、労災に遭ってしまった方が、使用者に対し労災請求できるのかについては、複雑な規定をより専門的な知識で読み解くことができる、労働災害に詳しい弁護士に一度ご相談ください。