目次(もくじ)
はじめに
平成29年6月に改正民法が公布され、令和2年(2020年)4月1日より施行されました。労働災害を会社に請求するにあたっての時効も変わりました。
改正前の時効については、以前のコラム(労災(労働災害)を会社に対して損害賠償請求できる期限について)もご参照ください。
改正前民法における労働災害の法的構成と時効の関係
労働災害請求をする場合には、民法上、2つの法律構成が考えられます。債務不履行責任(安全配慮義務違反)及び不法行為責任です。この2つは請求権競合の立場に立つため、訴訟の場面では、被災者(労働者)側は両方の主張をすることが多いです。
ただし、改正前民法が適用される場合、時効により請求できなくなる期間が異なります。請求できるのは、債務不履行責任の場合は10年、不法行為責任の場合は3年です。期間が経過し、かつ当事者(会社)が主張すると、時効によって請求権が消滅することになります。
時効がいつから進行するのか(時効の起算点)については、労働災害の場合には被災した日ではなく症状固定時となることが多いですが、その起算点からの時効の進行については法律に則った形で判断がなされます。そのため、例えば症状固定時から4年経過していたような場合には、不法行為責任の構成ではなく、債務不履行責任の構成を選択することになります。
そして、結論として一番相違が大きくなるのは、労災により被災者が死亡した場合に、不法行為責任であれば労災に被災した時点から遅延損害金を請求できますが、債務不履行責任の場合には請求が相手に到達した以降の遅延損害金後しか請求できない、とされている点かと思います。
時効規定の改正
令和2年4月1日から施行された民法においては、労働災害のような生命・身体の侵害による損害賠償請求権について、人の生命・身体は重要な法益であり、権利行使の機会を保護する必要性が高いこと、治療が長期間にわたるなど被害者がすぐに請求等することが困難であることを理由に、通常の消滅時効とは別に条文(特則)が規定されることになりました。
(1)時効に関する規定(抜粋)
労災に関連する債権(債務不履行責任に基づく損害賠償請求権の場合)の時効についての条文は次の2つです。
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
(2項、3項は省略)
(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)
第百六十七条 人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。
不法行為責任の場合の時効についての条文は次の2つです。
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
第七百二十四条の二 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
(2)債権及び不法行為による損害賠償請求権の時効に関する一般規定
上に掲げた条文は改正民法の消滅時効の一般規定ですが、例えば売買代金支払請求権などの債権の場合には、原則として知った時から5年、権利を行使することができる時から10年で時効にかかり消滅してしまいます。
また、不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は、損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時(=権利を行使することができる時)から20年で時効になります。
なお、この不法行為の時から20年の期間については、従来は時効ではなく、時効のリセット等が認められませんでしたが、改正民法により時効であることが明確にされたため、時効のリセット等の手段を採ることができるようになっています。
(3)人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権の特則
しかし、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の特則が規定されました。上で掲げた167条、724条の2です。
これらの規定を整理すると、生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、不法行為責任の短期時効3年が5年と変更され、また、債権(債務不履行に基づく損害賠償請求権)の長期時効10年が20年になります。
つまり、生命・身体の侵害による損害による損害賠償請求権については、債務不履行に基づく損害賠償請求権でも不法行為責任に基づく損害賠償請求権でも、権利が行使できること又は損害及び加害者を知った時から5年、権利を行使することができる時から20年の経過により、請求権が消滅する、というように、他の原因よりも長期化することが明記されたのです。
(4)経過措置規定
一般に法律が改正される場合には混乱を防ぐための経過措置が別途規定されることが多く、不法行為による損害賠償請求権の時効規定についても、経過措置として附則が規定されています。
2 新法第七百二十四条の二の規定は、不法行為による損害賠償請求権の旧法第七百二十四条前段に規定する時効がこの法律の施行の際既に完成していた場合については、適用しない。
旧第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
つまり、旧民法724条で規定していた20年の除斥期間が経過していた場合や、3年の短期消滅時効が完成していた場合には、改正民法の適用がないとされています。
そして、附則35条2項を反対解釈すると、令和2年4月1日時点で3年の時効が完成していない場合には改正民法が適用され、5年の消滅時効にかかることになることになります。
2020年4月1日以前の雇用契約の場合の労災について
また、労災の消滅時効に関し、気を付けるべきルールが1つあります。
改正民法施行日である2020年4月1日より前に締結された雇用契約があり、施行後(4月1日以降)に労働災害を負った場合です。
このとき、債務不履行責任(安全配慮義務違反)構成の場合には、債権発生の原因である法律行為(雇用契約)は施行時前なので、改正前民法が適用されます。したがって、権利を行使することができる時から10年で消滅時効が完成することになります。
改正民法の適用がある労働災害について
改正民法の施行によって、時効を理由に不法行為責任による法的構成のみを諦めることはなくなると予想されます。
しかし、改正民法が適用されるかどうかの判断は困難なことも多いため、時効の適用に関する疑問は弁護士に相談されることをお勧めします。
当事務所では過去に9年前の労働災害に関する損害賠償請求事件などを取り扱ったことがあります。「何年も前のことだから・・。」とご自分で判断してあきらめずに、会社に労働災害の損害賠償請求をできるかどうかについてはお気軽にご相談ください。